#10
HAROSHI
Artist & HUF Collaborator
スケートボーダーであり、独学の木工職人でもあるHAROSHIのアップサイクルな作品は、HUFの歴史を語る上で欠かせないものである。2010年にキースが彼の作品に惹かれ、連絡をしたこと皮切りに、2人は言語の壁を越えてすぐに意気投合し、スケートボードが独自の言語であるということを証明し、長年の関係を築いてきた。LAのフェアファックスにあるHUF LAに飾られている彼のアイコンともいえるミドルフィンガーのスカルプチャーは、暴動で中指を折られながらも世界中から愛され続け、HUFの在り方を今日も、そしてこれからも永遠に定義し続けている。
どのようにしてHUFブランドを知りましたか?
最初はキースハフナゲルがやっている、SFにあるスニーカーショップとして認識してました。いつ知ったのかおぼえていないのですが、アースクエイクの柄をNIKEからリリースしていた頃です。
HUFのどんなところが好きでしたか?HUFの何に惹かれましたか?
最初は、Hのキャップが欲しかったです。僕もHがイニシャルだったので。本当のスケーターが運営しているお店なんて当時は少なかったから、先ず興味を持ちました。あとは、キースハフナゲルがお店を始めたということにびっくりしました。スケートブランドを作るスケーターはもちろんいましたが、スニーカーショップを始める人はいませんでしたから。
あなたが初めてKeithに出会った時のことを教えてもらえますか?どのようにして繋がりましたか?あなたはKeithのどのようなところに惹かれましたか?
最初は、2010年くらいにSFのHUFへ行った時に、彼はsince day one の撮影に行っていたので、お店にはナオくんだけでした。その次はもうLAに移って、僕らのアートショーの打ち合わせをしようということになり、ダウンタウンに当時あったウエアハウスに行きました。 全然まだ小さな会社で、みんな倉庫でスケートしたりしてましたね。 僕が倉庫に着くとキースが向こうから歩いてきて、あっ!キースハフナゲルだ!と思いました笑。そのあと少し話してから飯を食べようということになり、In-N-Outに行きました。その時キースが僕に、誰が一番好きなスケーターで誰に会いたい?と聞いてきました。 僕は、ランスマウンテンのスケートや絵の大ファンだったので、迷うことなくランスの名前を上げました。すると、その場でランスにいきなり電話をして、ウエアハウスに戻るとランスマウンテンがいました。彼は、最初から最後まで本当にそういう人でした。僕の望むことやサポートすることをとても楽しんでくれました。今までに頼んだことで断られたことはなかったと思います。 僕らのアートショーの次の日、大きなブランドからコラボの話がありました。僕はキースに相談しました。すると彼は、「そのブランドはそのプロジェクトの時だけお前をサポートするだけだけど、俺はお前が生きている限りお前をサポートするぞ」と言いました。その時、僕はそのオファーを断り、HUFと一緒にやっていくと決めました。キースはその言葉の通り、亡くなるまで僕のことを心配してくれました。本当に感謝しています。
あなたにとってHUFとは?HUFと他のブランドとの違いとは?
それはもちろんキースが作ったブランドだから、攻撃的でしたね 笑。時には新聞に載るくらいの問題になったりしていたこともあったような記憶があります。HUFは、よくわからないお金持ちが作ったブランドではなく、本物のスケーターが作ったブランドなのです。スケーターは時にはノイズも起こすのです。
HUFとの初めてのコラボレーションの経緯を教えてください。またそのリリースの際に開催されたアートショーについても聞かせてください。
まず最初に、NEXUSVll.の今野さんが、キースハフナゲルが僕と話したがってると教えてくれました。2009年だったでしょうか?キースは「何か一緒にやろうよ」と言ってくれましたが、僕はNYでのアートショーのためスケジュールがいっぱいでした。なので「1年待ってほしい」と、「その間にライダーの使ったデッキを貯めてくれ」と伝えました。彼は喜んで承諾してくれました。 確かNYのアートショーの後、僕はLAに行ってキースやHUFのみんなとどんなことをやるかというミーティングをしました。そこでアイデアを出し合い、一夜限りのアートショーだけど、すごいインパクトを残すデカイパーティーにしてやろうとみんなで決めたのです。当時のHUFを象徴する5つの作品を作り、その中の一つが消火栓でした。一段一段高くできる消火栓で、オーリーコンテストをすることになったのです。トーリーとディランが一番高く飛んで、結果二人がWinnerとなりました。実は僕の消火栓は、もうそれ以上高くすることができなかったのです。 イベントは騒ぎすぎて警察も来てしまい、二度とその場所でパーティーはできなくなりました。皆が帰った後、ゴミがものすごい散らかっていて作品の台にも、数えきれないほどのビールの缶がのっていてカオスでした。でも、その状況がクールだということになり、ゴミをそのまま残して展示を続けました。そういう感覚も僕とキースはとても似ていました。
あなたがHUFと関わりはじめて10年以上が経ちます。どうやってこんなに長い間この近い関係性を続けてこられたのですか?
キースがいたからです。僕とHUFは契約を交わすことなく、僕とキースの携帯のメールでの雑談のような感じからはじまり、ほとんど最後までそんな感じで仕事になっていました。仕事をしてきたというよりは、キースと遊んでたみたいな感じでしたね。だから続けられたのかなと思います。
あなたがHUFと関わってきた上で、一番思い出に残っていることはなんですか?
最初に開催したアートショーですね。あんなに小さかったブランドが、たくさんの友達に支えられてあれだけの大きなことができたのですから、僕にとっても本当に衝撃でした。そういえばあの日キースに、お前は「インスタグラムはじめろ」言われて始めましたね笑。
HUF LAにあるミドルフィンガーのストーリーを教えてください。どのようにして実現したのですか?
LAのお店をもう一度開くので、シンボルになるものを作ってほしいと言われました。巨大なミドルフィンガーはどうだと笑。とんでもないことを言い出すなと思いました。でも「スケボーが足りない」と言ったら、俺が集めるとキースは言いました。その後でBerricsのファイナルのために渡米した時にHUFに寄ると、「明日お前のデッキを集めるためのスケートのイベントやるから来い」と言われ、そこにはusedのデッキを持ってきてくれたスケーターにあげるための、僕がみたこともない僕のグラフィックのスケートボードがあったのです笑。イベントのことも聞いてませんし、「そもそも。このデッキは何?作るのOKって言ったこともないけど?」と僕が聞くと彼は、「お前に言ったら作りたくないっていうだろ!だから言わなかった」と言われました。正直、笑いが止まりませんでしたね 笑。そんなこんなんでデッキも集まり、無事に作ることができたのです。 実はあのミドルフィンガーの中には彼のusedスケートボードが入ってます。いざ入れようと思ったら入らなくって、みんなでLAのお店の前でデッキを踏んで真ん中で折ったのも覚えてます笑。
2020年のプロテストでミドルフィンガーが倒されて中指が折れてしまい、突き上げられた拳となって、再度お店に飾られています。これによって二つの意味があるように感じますが、元々このミドルフィンガーにはどんな意味が込められていて、中指が折れた今の拳にはどんな意味があると思っていますか?
元々、あのミドルフィンガーはHUFというブランドを象徴するものとして作られました。 全てに対して中指を立てるという行為は、ただのアパレルブランドではなく、我々はあくまでスケートボーダーなのだと、あらゆる自分達を取り巻く不条理な物事、圧力や常識とされているものに対してのものでした。 プロテストによってあのミドルフィンガーが壊された時、僕の携帯は着信やメッセージの通知でいっぱいで、もちろんキースからメールが来ていました。キースは「こんなことが起こってしまったけど、折れた中指は盗まれないように守った、これからどうしたいか?」と言いました。僕はそれをみて、「これはfistじゃないかと。中指を折られてもこれはfistになったんじゃないか、不謹慎かもしれないけどこれはクールだ」と言いました。 キースは「俺もそう思っていた。でもお前が直したいならそれを尊重したいと思っていた」と言いました。次の日にはドネーションのfistのTシャツのデザインが出来上がり、僕もスケートボードを作ってオークションにかけてBLMの運動をみんなでサポートしました。その年の終わり頃にはfistがビルボードにもなりました。そしてこれがキースと僕との最後の仕事になりました。
新しいアートワークやプロジェクト、コラボレーションなどのインスピレーションはどのようにして生まれるのですか?
最近はあまり本を読んだりすることよりも、自分の生きてきた過程の中に答えを求めるようになりました。今の時代、あらゆる情報がシェアされていますから、自分のフィルターや記憶以外には本当のオリジナルはないのではないか?と思っています。
今後HUFはどこに向かって進んでいくべきだと思いますか?今後20年はどうなっていくと思いますか?
僕には全くわからないですよ 笑。でもハニーやスイーツ、ナオくんがいるなら何も心配はしてません。キースがいた頃と同じようにラディカルなブランドであり続けてくれると思います。
Skateboarder, self-taught woodworker, and master of craft and snark, Haroshi’s up-cycled works have become a HUF hallmark. After coming on Keith’s radar in 2010 they’re personalities instantly clicked, forming a longstanding relationship that proves skateboarding is its own language. Internationally known and beloved for his iconic middle finger sculpture that still lives on Fairfax minus a digit, Haroshi’s work exudes the attitude and ethos that defines HUF today and forever.
What was your first introduction to the HUF brand?
I first recognized HUF as a sneaker shop in San Francisco by Keith Hufnagel. I don’t exactly remember when but I remember it was around the time when HUF released the Nike collaboration with the earthquake pattern.
What did you like about the brand? What was the brand doing that you were drawn to?
The first thing I wanted from HUF was the ball cap with “H” because my initial is also H. There were only a few shops run by real skaters at that time, so that drew me to it. I was also surprised that Keith opened his own store. There were some skaters that started skate brands back then but no one started a sneaker shop.
Tell me about the first time you met Keith? How did you get connected with him? What did you like about him?
When I first visited HUF SF in 2010 Keith was out shooting for Since Day One, so there was only Nao at the store. Then HUF moved their headquarters to LA and we had a meeting for my first show with HUF, so I visited their warehouse in Downtown LA. Back then, HUF was still a fairly small company and everyone there was skating around at their warehouse. When I arrived, Keith walked towards me, and I was like, ‘Wow! it’s Keith Hufnagel!’ We chatted a little and he took me to an In-N-Out. Then Keith asked me who was my favorite skater I would want to meet. I was a big fan of Lance Mountain’s skating and art, so I told him Lance without hesitation. Then Keith suddenly called up Lance and when we returned to the warehouse, he was there waiting for us. This is how Keith was from the beginning until the end. He always enjoyed supporting whatever I wanted to do. There was not one thing I asked him and he denied. The day after my first art show at HUF, I was proposed a collaboration with a big company/brand. I consulted with Keith and he told me that this brand might only support me for this project but he would support me for my lifetime. So I refused the offer and decided to work with HUF. He kept his word and supported me until he passed. I can’t thank him enough.
How would you define HUF? What make it special? What makes if different from other brands?
HUF has always been provocative and that’s no surprise because it’s a brand Keith started [laughs]. I think there were some times that HUF was even criticized in the newspapers. HUF is not a brand started by a random rich person but by a real skater. Skaters make noise sometimes.
How did you first collaboration with HUF come about? Tell me about the art show that went down for the release.
Tomo from NEXUSVII. told me that Keith wanted to talk to me, probably around 2009. Keith told me that he wanted to work with me but I was too busy getting ready for my show in New York at that time. I asked Keith to wait for a year and asked him to collect some used decks ridden by riders. After my show in NY, I visited Keith and his team in LA to figure out what we want to do. We threw ideas and decided to host a onenight-show that gives a huge impact. I made five artworks that represented HUF at that time and one of them was a fire hydrant. It was adjustable so you could change its height, so we hosted a high ollie contest with it. Torey (Pudwill) and Dylan (Rieder) tied for first. In fact, the fire hydrant was its highest and couldn’t get any higher when they had the final. The event was so successful that some police came and they were not able to host another show there again. After everyone left, the warehouse was absolute chaos and there were uncountable empty beer cans everywhere, even on the art displays. But it was kind cool in a way so we decided to exhibit the show with all the trash. Keith and I had a very similar sense of humor.
You’ve been affiliated with the HUF brand for more than 10 years now. Why has the connection been so strong? How have we been able to work so closely together for so long?
It’s all because of Keith. HUF and I never signed any contract. It usually started with texting casually with Keith and has always been that way. It always felt like hanging out with Keith rather than working and that’s probably why we were able to continue working together for so long.
What’s the most memorable project you’ve worked on with HUF?
The first art show we worked on together. It was so amazing that such a small brand (at that time) was able to pull off such an impactful show with the support from many friends. Oh, I started my Instagram account that day because Keith told me so [laughs].
What’s the story behind the middle finger sculpture in the HUF LA store? How did that come about?
When Keith decided to reopen the HUF LA store, he asked me to make something that would become a symbol. Then he said ‘What about a big middle finger?’ I thought he was crazy and told him that I didn’t have enough used skate decks to make it with. He said he’d collect them for me. After a while, I visited LA again for the Battle At the Berrics final, so I stopped by at HUF office and Keith told me that he was hosting a skate event the next day to collect used skate decks for the project. So I went to the event and saw some skate decks with my artwork that I had never seen before. Keith never told me about the event, I had no idea what the deck was about, so I told him that I never gave my approval and he said ‘You’d tell me you don’t wanna do it, so I didn’t tell you.’ Honestly, I couldn’t stop laughing. But after all, we were able to collect enough used decks to make the middle finger. There’s actually Keith’s used skate deck stashed inside of the middle finger. When I was trying to put his used deck inside of the middle finger, the deck didn’t fit, so I remember we had to stomp and break it in half in front of the LA store [laughs].
After the protests in 2020, the finger fell, and went back on display as a fist. It seems like it has a double meaning now? What did the middle finger originally stand for and what meaning do you think it has today?
The middle finger was originally made as the symbol of HUF brand. The attitude of flipping the middle finger expresses that we are not an ordinary apparel brand but we are skateboarders, so the middle finger was towards the absurd injustice, pressures, and common sense that surrounds us. When the middle finger was broken during the protests, I received so many calls and messages. Of course Keith was one of them. He told me that the middle finger was broken but they saved the broken finger, so he asked me what I want to do with it. I said ‘It looks like a fist without middle finger. It might be improper, but looks kind cool!’ Keith said he was thinking the same thing and said he’d repair it if I wanted. The next day, we came up with a t-shirt design using the fist and I made a skate deck for an auction to support the BLM movement. At the end of the year we put up the fist on the billboard, which became the last collaboration between Keith and I.
Where does the continued inspiration for new artwork, projects, or collaborations come from?
Lately I’ve been looking for the inspirations from my own past—the process of my life rather than from books. Nowadays we are flooded with all kinds of information so I think that true originality only comes from our own memories.
Where do you think HUF should go from here? What should the next 20 years look like?
I have no idea [laughs]. But there’s nothing to worry about as long as Hanni (El Khatib), Sweets (Murray), and Nao (Nogata) are there. I have no doubt that they can keep HUF as radical as the good old days when Keith was there.